シャフト株式会社

バルーンの歴史

お手紙を天国(宇宙)へ送り
ご遺骨を海洋散骨する自然葬

バルーンの歴史

バルーン(風船)には、とても古くからの歴史があります。3世紀頃、三国志で有名な諸葛亮孔明が、通信手段として無人の熱気球を発明して利用したのが、バルーンの一番はじめとも言われています。他にも、動物の腸や膀胱をふくらませたような、小さな風船の記録もあります。

小さな実験や、アルキメデスの原理、ボイルの法則など、子細な話にまで言及すると、あまりにも複雑になってしまいます。そこでこのページでは、有人飛行が出来るような大きなバルーンや、宇宙海洋葬に関連するバルーンに限定して、紹介します。

年代 詳細
3世紀 諸葛亮孔明が、通信手段として熱気球を発明
1783年
6月5日
フランスのモンゴルフィエ兄弟が、熱気球の無人飛行に成功
1783年
8月27日
ジャック・シャルルとロベール兄弟が、パリでガス気球を飛ばす
1783年
9月19日
モンゴルフィエ兄弟が、動物(鶏、アヒル、羊)を乗せた熱気球を飛ばす
1783年
11月21日
モンゴルフィエ兄弟が熱気球グロブ号で、人類初の有人飛行に成功
1783年
12月1日
ジャック・シャルルが水素ガス気球による有人飛行に成功
1784年
2月
有人飛行に成功した空飛ぶ船の話題が、初めて日本の蘭学者に伝えられる
1825年 トマス・ハンコック社が購入者製作型のバルーンキットを発売
1847年 J.G.イングラム社が、現在の既製品タイプとなる、初のゴム風船を製造
1858年 パリ市街で係留気球による世界初の空中撮影を実施
1872年 日本で「球紙鳶(たまだこ)」という名前でゴム風船が流行
1877年 日本の軍用気球として初となる試験飛行を築地で行う
1901年 ドイツのリヒャルト・アスマンが、気球に観測機材とパラシュートを付けて20km以上まで到達
1902年 レオン・ティスラン・ド・ボールが成層圏を発見
1905年 日露戦争の戦勝祝いにゴム風船が使われ玩具として普及
1921年 日本の高層気象台でパイロットバルーン観測が始まり、上層気流の風向・風速が観測される

この年表を見ても分かる通り、1783年こそがバルーン元年と言っても良さそうです。モンゴルフィエ兄弟が熱気球の無人飛行を成功させたのを皮切りに、ガス気球や有人飛行等が、1783年中に多数行われました。この影響からヨーロッパ中で気球ブームが起き、一気にバルーンが世間へと浸透していきます。

因みにモンゴルフィエ兄弟は、暖炉に干した洗濯物が揺れるのをヒントに、温めた空気で空を飛ぶアイデアを思いついたと言われています。

シャフトが行う宇宙海洋葬も、安全なヘリウムガスを詰めた、大きなバルーンを使用します。先人達の研究、実験があってこその技術に、心より感謝しています。

風船の始まりは3世紀、諸葛亮孔明

三国志の時代に、軍師として有名な諸葛孔明が、平陽で司馬懿の軍に包囲された際、紙を貼った大型の籠を製作し、外部に救援を要請したそうです。これが熱気球の発症であると、伝承されています。

風船の始まりは3世紀、諸葛亮孔明

中国やタイでは、現在でも天灯(てんとう)という熱気球の一種を祭事で利用されてきました。この天灯は、上記の諸葛亮孔明の伝承から、孔明灯とも呼ばれています。

ジャック・シャルルらの水素ガス気球

1783年12月1日、ジャック・シャルルがコンビとともにチュイルリー公園で気球に搭乗し、水素ガス気球による有人飛行に成功しました。この出来事はヨーロッパ各地に強い影響を与え、ガス気球が冒険や軍事、気球ショーなどに使用され、民間の気球ブームへと繋がっていきます。

ジャック・シャルルらの水素ガス気球

この水素ガス気球は、風に乗り空中を漕ぐ船として、日本では「空船」や「風船」と呼ばれました。

日本初の軍用風船試験

1877年5月23日、工部大学校が製作した2つの気球を、東京・築地にある海軍兵学校で試験飛行しました。

日本初の軍用風船試験

この飛揚試験が、日本の軍用気球の最初とされています。

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